日本史年検定 初級正解:①
解説:皆さんも知ってると思いますが、イチゴパンツ(1582)ですね。 本当ならちょっとひきますね。
正解:③
解説:鳴くよ(794)うぐいす平安京です。ちなみにうぐいすは漢字で「鶯」です。 かっこいいですね。 平安京と平城京。ややこしいけど覚えておきましょう。
正解:②
解説:1600年、覚えやすいですね。 もはや覚え方なんてないです。 これはテストに出ても楽勝ですねー
正解:③
解説:遠く死後考え(1945)た終戦です。 日本人なら覚えておきたいですね。玉音放送は8月15日です。
正解:③
正解:④
解説:9代目将軍を決めるための戦いです。 8代目義政の弟と息子、結局どちらが将軍になったか知っていますか? じつは息子の義尚が9代目将軍となっています。 どうでもいいですね。
正解:③
解説:以後資産(1543)増える鉄砲戦術。 鉄砲は高いけど、新たな戦術を生み出し歴史をつくった… 外国人も日本史をつくっているのですね。
正解:②
解説:1583年(天正11年)賤ヶ岳の戦い(しずがたけのたたかい)は、羽柴秀吉(豊臣秀吉)と柴田勝家(前田利家、佐久間盛政)の戦いです。軍勢は、秀吉軍の50,000vs柴田軍の30,000。結果、秀吉が勝利して、「本能寺の変」後の信長後継者を決定付けました。ちなみにこの戦地は現在の滋賀県伊香郡の賤ヶ岳附近です。
正解:③
解説:豊臣秀吉は、木下藤吉郎→秀吉→羽柴秀吉の順で名前を変えました。
正解:③
解説:秀吉の妻・ねね(おね、ね、ねい)は、尾張国の杉原助左衛門定利の次女として生まれました。のちに高台院(こうだい いん)、北政所(きた の まんどころ)と呼ばれます。
正解:②
正解:③
解説:小牧・長久手の戦い(こまき・ながくてのたたかい)は、1584年(天正12年)に羽柴秀吉と織田・徳川連合軍の間で行われた戦いです。戦力は、秀吉軍約110,000vs織田・徳川連合軍約18,000。結果は織田・徳川連合軍が優勢でしたが、秀吉が信雄に和睦を申し入れ、織田信雄がこれを受けたことにより幕を閉じました。
正解:④
解説:秀吉が関白になるために前関白だった公家の近衛前久(このえさきひさ)の養子(猶子)になりました。猶子(ゆうし)とは、養育の義務のない養子のことです。
正解:③
解説:サン=フェリペ号事件とは、暴風雨によって四国・土佐国の浦戸に漂着したスペイン船サン=フェリペ号の対処問題によって起こった出来事。秀吉は、船荷と乗員の所持金のすべてを没収しました。これに抗議した航海長の発言やポルトガル人のでまかせを聞き、キリスト教が布教を通じて、日本を植民地化しようとしている理解して、キリスト教の禁止に踏み切ったと言われています。ちなみにキリスト教宣教と南蛮貿易に関する禁制「バテレン追放令」は、この事件の約10年前の出来事です。お間違えなく・・・。
正解:③
解説:秀吉の血液型は、残っていた遺品・血判状から判明しました。
正解:①
解説:豊臣 秀頼(とよとみひでより)は、秀吉が57歳の時の子供です。1593年(文禄2年)に大坂城で誕生しました。
正解:③
解説:1583年・賤ヶ岳の戦い→1584年・小牧・長久手の戦い→1586年・九州征伐→1590年・小田原の役となります。よって、一番後に起こった戦いは1590年・小田原の役となります。ちなみに小田原の役は、豊臣秀吉と北条氏政が戦った戦で秀吉の勝利となりました。