いまや国民的人気アーティストであるGLAY。彼らのことをどれだけ知っているか、挑戦してみましょう。
GLAYが初めてミリオンヒットを記録したシングル「HOWEVER」は、シングルとして何枚目の曲でしょうか?
制限時間:無制限
ノーヒント!
難易度:
出題数:2577人中
正解数:1231人
正解率:47.77%
作成者:和歌子 (ID:89)
出題No:10731
最高連続正解数:0 問
現在の連続記録:0 問
予習・復習/一問一答クイズ
出題文をクリックでクイズにチャレンジ!
すぐに答えを見たい場合は「解答を表示する」をクリックしてください。
こちらで学習をして、このクイズ・検定の合格を目指しましょう!
①HISASHI
②TAKURO
③TERU
④JIRO
解答を表示する
正解:①
解説:現メンバーの内HISASHIだけが青森県弘前市の生まれです。
①NAOTO
②NAOKI
③TETSUYA
④8枚目
解答を表示する
正解:AKIRA
解説:ダミー選択肢はEXILEからとっているのですが、EXILEのメンバーのAKIRAがGLAYの旧ドラマーだったわけではないので御注意を。
①Super Ball 425
②GIANT STRONG FAUST SUPER STAR
③BROTHEL CREEPERS
④AKIRA
①rare collections
②GOOD MORNING N.Y.C
③rare collectors
④rare collectives
①RAIN
②Freeze My Love
③rare collectings
④真夏の扉
①JIRO
②TERU
③TAKURO
④彼女の”modern…”
①約20万人
②約10万人
③約8万人
④HISASHI
解答を表示する
正解:①
解説:2010年2月現在、このコンサートの観客動員数・約20万人は日本記録となっております。ちなみに有料ライブとしては世界記録となっています。
①北京
②香港
③桂林
④約5万人
①上海
②メロトロン
③ビクトロン
④ケロミン
①GRAY(グレイ)
②GALAY(ガレイ)
③テルミン
④GRACE(グレース)
解答を表示する
正解:②
解説:「GALAY(ガレイ)」は、ガレッジセールのレギュラー番組「Gallage Vanguard」(テレビ朝日系)の企画で結成された期間限定のユニットです。シングル「道産子シーサー」は番組内で、東京、北海道、沖縄で計1000枚限定で配布されました。
登録タグ
関連するクイズ・検定
その他のクイズ・検定
その他・関連するクイズ
このクイズ・検定や問題に関連するクイズを出題しております。出題文をクリックするとクイズにチャレンジできます。
すぐに答えを見たい場合は「解答を表示する」をクリックしてください。
以下のクイズは、
YMO検定より、出題しております。
説明:日本のテクノポップといえばYMO。マニアな方ご参加ください。
①GALLE(ガレ)
②テクノポリス
③ライディーン
④君に胸キュン
解答を表示する
正解:過激な淑女
解説:その代わりに提供されたのが「禁区」でした。
何となく似ている曲ですよね。
①コンピューター・ゲーム “サーカスのテーマ”
②ライディーン
③中国女
④テクノポリス
①布井智子
②山下達郎
③サンディー鈴木
④高中正義
解答を表示する
正解:②
解説:達郎さんは坂本さんのソロアルバム「千のナイフ」には参加しています。
①洗剤
②過激な淑女
③車
④カップ麺
解答を表示する
正解:化粧品
解説:83年のカネボウ化粧品のCMソングでした。
①化粧品
②小田和正
③松任谷由実
④槇原敬之
解答を表示する
正解:④
解説:98年のカバー曲ばかっりのアルバム「Listen To The Music」に収録されています。
①ソリッド・ステート・サヴァイヴァー
②山下達郎
③テクノポリス
④中国女
①オードリー・ヘップバーン
②マリリン・モンロー
③ビハインド・ザ・マスク
④ヴィヴィアン・リー
解答を表示する
正解:②
解説:And Marilyn Monroe’s not home. So I sit alone with the video.
と、幸宏さんが歌っています。
①イエスタディ
②イングリッド・バーグマン
③ア・ハード・デイズ・ナイト
④ディ・トリッパー
解答を表示する
正解:④
解説:80年のライブでは、「オール・ニード・イズ・ラブ」〜「テクノポリス」へのメドレーというのも演っていました。
①社長秘書
②スタジオの受付
③教師
④レット・イット・ビー
解答を表示する
正解:①
解説:当時のアルファレコード社長秘書であったため、アルバムにはクレジットされていませんでした。
①細野さんの自宅
②蕎麦屋
③新幹線
④公園
解答を表示する
正解:①
解説:細野さんの想い出によれば、坂本さんと幸宏さんを自宅に招いてコタツに入りながら、こういうバンドを作りたいと提案したら、二人が賛同してくれたとのこと。